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和菓子と茶道の密接な関係

和菓子に非常に大きな影響を与えたものに茶道があります。

 

鎌倉時代の初め、栄西禅師が大陸から持ち帰ったものの中にお茶がありました。このお茶がやがて茶の湯の流行へと繋がっていきます。

 

室町時代の茶の湯の席には点心と呼ばれる軽食のようなものがありました。この点心の中に羹(あつもの)という汁がありました。羹は猪羹や芋羹、白魚羹など48種類もありましたが、その中に羊羹がありました。羊羹はその名のごとく、羊の肉が入った汁でしたが、当時の日本には獣肉を食べるという習慣がなかったため、麦や小豆を羊の肉に似せて作ったものを入れていました。これが次第に汁ものから分離していったのが羊羹の始まりと言われています。最初は蒸して作った蒸し羊羹でしたが、西暦1800年頃になると寒天の発見などに伴い練り羊羹に変化していきました。

 

安土桃山時代に活躍した千利休は茶の席でふのやきと呼ばれる小麦粉を溶いて焼いたものに味噌を塗った質素な茶菓子を出していました。この他にも昆布や海苔、饅頭などが茶菓子として用いられていました。しかし、その後南蛮菓子の影響を強く受けてそれまでの素材の風味や自然な甘みを基調とする茶菓子が大きく変化することになります。そして茶の発展と共に京都において繊細で美的センスに優れた京菓子としての発展をすることになります。京菓子は宮家をはじめ、公家や茶道の家元の依頼によって雅で芸術的な洗練の技が生まれて発展していくことになるのです。